昭和25年創業、76年の歴史を紡ぐ老舗店
えびの市京町にある大門サイクル商会。国道沿いに建つ明るい店舗には、子ども用自転車から電動自転車、大型バイクまで幅広い商品が並ぶ。今年で創業76年目を迎えるこの店は、三世代にわたってこの地域の「足」を支え続けてきた。
創業者である初代の十一郎さんは、もともと船乗りだった。船を降りた後、溶接技術を学び、加久藤町で自転車店を開業したのが昭和25年。十一郎という名前は、11人兄弟の末っ子だったことに由来する。
2代目の健二さんは、ブリヂストンの営業職から家業を継いだ。そして3代目となる哲也さんが、平成24年にホンダ四輪販売鹿児島から帰郷し、事業を引き継いだ。
「祖父の代からずっと地元のお客様に支えられてきました。三代にわたってお世話になっているお客様もいらっしゃいます」と哲也さんは語る。
火事、水害を乗り越えた家族の物語

大門家の歴史は、決して平坦な道のりではなかった。健二さんが中学3年生の時、昭和42年頃に店舗が火事で全焼。「自宅の風呂場とトイレだけが残った」という。
その翌年、えびの地震が発生。災害に見舞われながらも、それぞれの店主たちは新たに店を建て直し、商売を続けた。
令和に入ってからも試練は続く。令和元年6月にオープンした国道沿いの新店舗。念願の場所に店を構えたわずか2年後の令和3年7月、再び水害に見舞われた。朝、パトロールをしていた哲也さんのもとに「店がやばいかも」と連絡が入る。見る間に水位が上がり、店内は浸水。バイクも自転車も水没してしまった。
「もうやめとけって思いました」。しかし、諦めなかった。修理し、再び立ち上がった。こうした困難を乗り越えてきた背景には、地域への強い思いがあった。
国道沿いへの夢を実現した3代目
哲也さんが家業を継ぐと決めたのは、20代後半のことだ。商工会議所青年部での活動を通じて多くの経営者と出会い、「次世代へつなぐ」という言葉が心に刺さった。
「自転車店がどんどんなくなっている中で、10年後、ウチがなくなったら、この地域の人はどうするんだろう」
そう考えた時、使命感が芽生えた。同時に、自分の息子たちに「継ぎたい」と思ってもらえるような店づくりをしなければ、と思った。
実は哲也さん、小学4年生の時に「僕は大門サイクル商会を継いで、国道沿いに店を出すことが夢です」という作文を書いていた。本人は全く記憶にないというが、父・健二さんが全国の商工会青年部大会で主張発表をする際、その作文を引用していた。
「父がバイクのツーリングに行ったり、マウンテンバイクのレースに行ったりするのを間近で見て、楽しそうだなと思っていたんでしょうね」
子どもの頃の夢が、40年以上の時を経て実現した。令和元年6月、念願の国道沿いに新店舗をオープン。「やっぱり全然違いますね。お客様の数も増えました」と哲也さんは振り返る。

「地域密着」を選んだ理由
「手広くやっていきたいわけじゃないんです」
哲也さんはそう前置きして、自身のビジョンを語る。
「地元にしっかり根付いて、この地域の自転車屋さん、バイク屋さんでいたいんです。よく『小林にも店を出せばいいじゃん』って言われるんですけど、それは全然思い描いてないんですよ」
えびの市で自転車組合に加盟して営業しているのは、今や大門サイクル商会だけ。認証工場の資格も持ち、大型バイクの整備にも対応できる。小林市や人吉市、鹿児島からもお客様が訪れる。
それでも、規模拡大ではなく地域密着を選んだ。有能なスタッフに恵まれ、営業していた時期もあった。
その経験から学んだのは、地域密着の一店舗を守ることの大切さだった。
「もし息子が帰ってきた時、このままの商売スタイルなら養っていける」
家族経営という選択

「パンク修理ができる妻、助かっています」
現在、店には哲也さん、健二さん、そして妻が働いている。妻は接客や簡単な修理を担当する。
「男の子二人なので、だいたい男って母親じゃないですか。父親と母親が一緒に働いている姿を見れば、継ぎやすいかなと思って」
家族経営には厳しさもある。2025年は業界全体が厳しく、「正念場」だと哲也さんは言う。
それでも、「あと10年」と目標を定めている。子どもたちが進路を決める時まで、魅力的な店であり続けること。そして、もし継がないとなった時は、また考える。
健二さんも、70代になった今も現役だ。昔からのお客様の中には、健二さんでなければという人もいる。「親父がいてくれるから、引き取りとか配達とかも頼める。全然違いますよ」
祖父の代からの信用が、金融機関での融資にもつながった。「じいちゃんと親父が真面目に返済してくれていたから、僕は借金できた。次の世代に自分の信用を残すのも、自分の役割かなと思っています」
次世代へつなぐ責任

バイク業界は厳しい。原付バイクは昨年11月で生産終了。全盛期は年間400万台以上売れていた市場が、今や40万台程度。10分の1にまで縮小している。
「でも、店も減っているから、仕事は来るんです。特に通販で買ったバイク等の修理依頼も年々増えてきている」
地方のバイク屋さんも高齢化の波にのまれという記事もニュース等で書かれていた。
なので、仕事を受けられなくなってきている現実もある。えびの市で大型バイクの整備ができる認証工場は、大門サイクル商会だけだ。
「近隣の店がなくなれば、うちしかなくなる。だからこそ、次の代につなげないといけない」
興味を示しているのは次男だが、堅実さでいえば長男。「二人で継いでくれれば一番いいんですけどね。経営は長男、整備や営業は次男みたいな」
ただし、それは子どもたちが描くビジョン次第だ。哲也さんは押し付けるつもりはない。
「もし息子が違うビジョンを持って、例えば小林に店を出したいとか言ったら、それはそれでサポートします。自分はこの地域密着でいきたいけど、次の世代がどう描くかは自由」
最後に、地域での商売とは何かを尋ねると、こう答えた。
「地域で生きるということですね。ただ仕事をするだけじゃなくて、地域の活動に参加して、地域を盛り上げて、地域に根差した商売をして、生かしていただく。それが『働く』ということだと思います」
消防団、商工会青年部、花火大会の実行委員会、全日本トライアル選手権の誘致活動——。様々な地域活動に参加する中で、「地域に生かされている」という実感を得た。
「ボランティア活動が商売に直結するわけじゃないけど、巡り巡って最終的に自分の商売に関わってくる。地域が元気だから、商売もうまく回る」
昭和25年、船乗りだった十一郎さんが始めた小さな自転車店は、76年の時を経て、今も地域の人々の生活を支え続けている。火事も、地震も、水害も乗り越えて——。
そして、その物語は次の世代へと受け継がれようとしている。

大門 哲也さん(写真右 / 左は父の健二さん)
大門サイクル商会 代表
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