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温泉街にふたたび活気を!京町観光ホテルの女将の果てなき挑戦

80年の歴史を受け継ぐ、4代目女将の覚悟

京町観光ホテルの女将、中村恵さん。この宿は今から約80年前、鹿児島の銀行頭取だった初代・兼雄(かねお)さんが別荘地として訪れたことから始まった。「温泉を掘ったら温泉が出た。だから旅館経営をはじめたと聞いています」と女将は当時を振り返る。

今でこそ多くのお客に愛される当ホテル。しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかった。2代目の南美雄(なみお)さん、3代目の兼一郎(けんいちろう)さんの時代はえびの地震や竜巻、台風の被害に遭いながらも、ハネムーンブームや「やかた船」の運行など、京町初と言われるインターネットでの予約システムの導入など着手。平成8年の新館を建設を経て現在の4代目兼法(かねのり)さんへとバトンは渡された。

恵さんは4代目を支える女将として、日々接客やサービス向上に取り組んでいる。

多くの人に愛される京町温泉観光ホテルのお湯。ナトリウム-炭酸水素塩・硫酸塩温泉。

「温泉の良さを知らない」からこそ始めた改革

恵さんが最初に取り組んだのは、温泉そのものを学ぶことだった。温泉ソムリエの認定を受け、地域の女将仲間とともに自分たちの温泉の価値を見つめ直した。「自分たちの温泉を知らないといけないなぁと思って」。京町観光ホテルの泉質は、ナトリウム・炭酸水素塩・硫酸塩泉。特にメタケイ酸の値が高く、美肌効果に優れた源泉かけ流しの温泉だ。「温泉について全く知らなかったので」と語る恵さんだからこそ、お客様の視点で温泉の魅力を伝えられる。

源泉温度56.4℃の源泉掛け流し。

次に取り組んだのは、地元えびのの観光地の開拓だった。子どもをおんぶしながら、えびの周辺を実際に回った。「5年ほど東京にいた時期もあったので、地元に住んでいる人とは少し違った視点でえびのを感じることができる」。その目線で見つけた魅力をお客様におすすめできるようになった。

同時に設備面でも大きな改革を進めた。それまで館内で洗濯していたタオルやシーツをリネンサービスに変更。従業員の意識改革も含め、一つ一つ丁寧にサービスの質を高めていった。

多様なニーズに応える宿づくり

京町観光ホテルの特徴は、その懐の深さにある。シングル、ツイン、和室、和洋室と多様な部屋タイプを揃え、一人旅のビジネスマンから三世代家族まで幅広く対応できる。

「20名様、50名様とか、親戚が集まりやすい」と恵さんが語るように、宮崎・熊本・福岡と各地から親戚一同や団体が集まる拠点としても人気だ。「一人で泊まりたければシングルもあるし、赤ちゃんがいれば和室もあるし、おじいちゃんおばあちゃんがいたら1階の和洋室もある」。それぞれのニーズに応えられる柔軟性が、この宿の強みだ。

平日はビジネス客が中心で素泊まりや朝食付きが多いが、週末や休日には観光客が2食付きでゆっくり滞在する。4代目が腕を振るう夕食は、地元の食材を活かした料理。毎日心を込めて料理を作り続ける姿勢は、宿の温かみを支えている。(※えびの産ハーブ牛のフィレ肉は仕入れ状況により変更の可能性あり。詳細はお問い合わせください)

立ち寄り湯も人気で、500円で源泉かけ流しの温泉を楽しめる。家族風呂は1時間1500円で利用可能だ。しかし、「地元の人に知られていない」という課題を感じている。温泉に入る文化が根付いている別府などと比べ、えびのではまだ温泉の価値が十分に認識されておらず、今後の課題のひとつだ。

ゆっくりくつろげる室内風呂

さらに、恵さんが力を入れているのが「みんなに優しい宿」づくり。心のバリアフリー認定制度に登録し、車椅子でもほぼ段差なく移動できる環境を整備。和洋室は最初の段だけをクリアすればフラットで、家族風呂には手すりも完備している。部屋食にも対応でき、「歩くのが大変」「2階まで上がれない」と移動が負担になる方々にも快適に過ごしてもらえる配慮が随所にある。

地元の子どもたちに伝えたい、温泉の価値

恵さんには、もう一つの大きな取り組みがある。それは地域の女将たちと続けている「温泉学習授業」だ。毎年、地元の真幸小学校の2年生を招き、温泉の入り方のマナーや京町温泉・吉田温泉・加久藤温泉の歴史、水分補給の大切さなどを教えている。

「別府とかって、うちの温泉いいよって地元の人たちみんな言うじゃないですか。えびのの子どもたちに温泉の魅力が伝われば、高校卒業して出て行った後に、友達連れて帰って来たいと思うような温泉地にしたいなと思って」。10年後、20年後のえびのの温泉を見据えた、地道な取り組みを続けている。

みなほ会としての活動も活発だ。女将たちが協力してえびの在住のアーティスト・入江真理子さんにデザインを依頼した色浴衣には、えびの高原にしか自生しない「ノカイドウ」とえびの市の花である「エビネラン」があしらわれている。「浴衣とか着てる姿をアップしてもらえたら嬉しい」と、SNS映えも意識した取り組みだ。

オリジナル浴衣を案内する女将。

えびの発のお土産「ノカイドウの蕾(つぼみ)」

女将たちの挑戦は、お土産開発にも及ぶ。みなほ会で開発した「ノカイドウの蕾」は、えびの産のお米を使った甘酒クッキーだ。「えびの市のお菓子と呼べるものがなく、売られていても裏を見たら他県でつくっているものだったりして悔しかったんです」。そんな思いから、地元で育った地元の素材を使った、本物のえびの土産を作りたいという思いから生まれた。

スノーボールクッキーのような形で、おかみさんたちの写真も入ったパッケージ。現在は道の駅えびので販売されており売れ行き好調だ。地域の女将たちが協力し、えびのの魅力を形にした商品として、確実に根付きつつある。

女将が案内する、えびのの隠れた魅力

恵さんに、えびのでおすすめの場所を尋ねると、次々と魅力的なスポットが飛び出して来た。その一部をご紹介。

まずは、ホテルから見て川の向こうにある菅原神社の赤い鳥居。「田んぼの中に浮かぶ赤い鳥居」は、四季折々の風景と相まって絵画のような美しさだ。春夏秋冬、それぞれの季節で異なる表情を見せる。「田んぼの中を通っていく道もすごく風情がある」。車でも行けるため、歩くのが大変な方にもおすすめだという。

そして恵さんが「トトロの森」と呼ぶ緑豊かな森とループ橋の光が王冠のように見える風景。「夜はものすごく光るんですよ。キラキラ」。赤い鳥居の場所から見ると、ループ橋の王冠、トトロの森、そして色鮮やかな田のかんさあ(田の神様)が一望できる絶景ポイントだ。

真幸駅も見逃せない。「真の幸せの駅」と書くこの駅は、100年以上の歴史を持つ肥薩線の一駅で、宮崎県内で初めてできた駅だ。肥後と薩摩を結ぶ肥薩線の中で、この一駅だけ宮崎県に入っている。

「山を登る鉄道」として、ジグザグにスイッチバックで登っていく路線だったが、熊本豪雨以降は残念ながら運行が止まっている。それでも地域の人たちが綺麗に管理し、ホームには幸せの鐘が設置されている。日本三大車窓の一つに数えられる絶景と、花々が美しい駅舎は、訪れる価値がある。

「田のかんさあ」巡りも、恵さんのおすすめコースだ。えびの市には多くの田の神様が祀られており、パンフレットも用意されている。えびの産ひのひかり米の袋のデザインにもなっている末永の田のかんさあは特に有名で、以下のような言い伝えも残っている。

「おっとい田の神さあ」とも呼ばれ、不作の地区の人たちが豊作になるように黙って借りられて、その借りた人が、お米がいっぱいとれたら、お土産をもって返しにきた。

都会の大学教授や学生が研究に訪れることもあり、自転車で巡る観光客も増えている。

矢岳高原では、雲海の上でヨガを楽しむこともできる。整備された河川敷のサイクリングロードも美しく、地元の自転車屋や道の駅のアウトドアステーションえびのと連携すれば、サイクリング観光の可能性も広がる。

ある時、「山から朝日が登ってくる風景、初めて見たよ。普段はビルから出る朝日しか見てないから」とお客様から言われたことがある。その時、恵さんははっとした。えびのの日常が、都会の人々にとってはかけがえのない体験になる。お客様が教えてくれる、えびのの魅力。それを一つ一つ大切に、発信していきたいと考えている。

若い世代へ、そして未来へ向けて

現在、恵さんが力を入れているのは若い世代への訴求。「頑張って投稿しています!」と笑いながらも、インスタグラムへの投稿を開始した。京町温泉みなほ会のアカウントは以前から運営していたが、今回京町観光ホテル独自のアカウントも立ち上げた。源泉かけ流しの温泉の良さ、色浴衣、そして何より「昔ながらの温泉の本当の良さ」を体感してほしいという思いを込めて、情報発信に取り組んでいる。

「やりたいことは、実はたくさんあります」と恵さんは語る。より季節感のある料理を提供したいという思いがある。「中庭もしたいし、屋上にサウナあったらいいなぁと思ってて」。星空の下でのサウナ、かつてこの地域にあったという屋形船の復活——。夢は尽きない。

「自信がないんでしょうね、やっぱりね。だからちょっと遠慮気味なんですよね」と自己分析する恵さん。しかし、その謙虚さと真摯な姿勢こそが、20年かけて京町観光ホテルを変え、そして今、えびの温泉街全体を変えようとしている原動力なのだ。

「涙が出るほど」美しいというえびのの風景。山から昇る朝日、霧に包まれる幻想的な朝、田んぼに映る夕景。魅力あふれるえびのを外からの視点でじっくり見つめ直し、温泉街を盛り立てる恵女将の、果てなき挑戦は続いている。


中村 恵さん
京町観光ホテル 女将
https://kyoukan.jp/

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